2025年現代においてお見合い婚は価値観として絶滅したことに、みなさん異論はないのではないでしょうか。
時代はTinderですよ。Tinder。タップルでも何でもいいですが、タップルは男だけ金を取る相席屋と同じシステムなのでなんか新宿臭いです。西海岸の大学生が考えることはやっぱりちがいます。
Tinderはいいですよほんとに。だってアプリの色がピンク色なんですよ。もう何も取り繕う気がないですよね。開き直っています。
内容もいいですよ。右に左に指を動かすだけ。右に左に指を動かすだけのアプリですよあれ。
それでたまに会話するっていう。そんなシンプルなアプリないですよね。いいですね。
お見合いは絶滅したという話がしたいのでした。
結婚相談所というのは今でも聞きますよね。
でも、これはお見合いとは似て非なるものです。
まず、両親の後押しがあって相談所に行くことはあったとしても、実際にお相手を取り継いでくれるのは窓口のスタッフさんですよね。
「あなたのご希望にマッチしている方はこちらでございます」とか、
「少し条件には違いますが、このような方もおりまして」
なんて具合で、相談所のデータベースの中か ら最適なお相手を提案してくれます。
一方で、今や絶滅した原義のお見合いはどうでしょう。
両親やら、親戚やら、村の相談役様が、
「この方ね、良いとこの〇〇さんって言ってね。お家柄も云々カンヌン」
ってな具合で、そもそも相談所にすら足を運んでいないにも関わらず、突然にイベントが発生。
そもそも村の相談役って誰ですか?なんて、アーバンな価値観は忘れてください。これが日本の集落文化のリアルです。
いずれにせよ、まあ狭い輪の中から、親族のご都合なども入り混じりながらなかなか強引に進んでしまうのが、お見合いというものです。
結婚相談所といえども、紹介されたあとはあくまで自由意志ですし、相談所のデータベースっていうのはある意味民主的ですので、同じ"顔合わせ"にしたって、お見合いとは全く異なるものと言い切っていいですね。
現代では絶滅した(正確には絶命指定生物なだけで、日本のどこかにはまだ生きているでしょう。私はニホンオオカミもまだ生きてるんじゃないかと思っているタイプですから。)お見合いですが、驚くべきことに僕らの祖母の時代において、お見合いは結婚に至るまでのプロセスとして、ごくありふれたものでした。
僕は静岡で育ったので、首都圏の事情はわからないものの、僕が今年のお盆に父方の実家に帰省した際、全くもって頼んでいないのに、おばあちゃん(あーちゃん)は「自分がこの家に嫁いだ時のエピソード」を勝手に語り始めました。
せっかくあーちゃんが登場したので、ご紹介をしましょう。
あーちゃんは正直言ってなか なか気難しい人で、ちょっとのことでヘソを曲げて口を聞かなくなったり、そうかと思えば過剰に世話焼きだったり、急に鬱っぽくなったり、なかなか暴走ぎみおばあちゃんですが、それでも不思議と親戚みんなに愛されているというのが彼女の不思議なところなのですよね。
去年、従兄弟の披露宴で、新郎(従兄弟)が両親ではなく、あーちゃんの手を引いて大扉から登場した時は、なんか笑ってしまいました。
愛されてるなあと思うと同時に、「まんざらでもなさそうだな」という父親のコメントが的確にその様子を表していたからです。
すみません、一向に小津安二郎の話が始まりません。
話を戻すと、あーちゃんが語ってくれた山﨑家トツギ物語は、
「私だって、この一帯なんて足を運んだとこもなかったけど、相談役のおじさんがぜひ会ってみろっていうから。それでそのまま話が進んで、云々カンヌン。」
という内容でした。これまたまんざらでもなさそうだなあと思いながら聞いていたのですが、そういうシステムがほんの二代前でもあたり前だったことを知ると、時代は急速に変わっていくものなのだなと実感します。
『晩春』に登場する紀子(原節子)は、映画の中で、一貫して「お嫁に行きたくない」という意思を台詞や振る舞いにこぼしています。
父と二人で過ごしているこの時間を手放したくない。
結婚だって必ずしなければいけないわけではない。
原節子らしい奥ゆかしさで振る舞いつつも、そういった発言を実際に父や友人に訴えかけるほどに、彼女はその意思を強く持っていました。
現代の人から見れば、そうでしょうねえ!!と。紀子がんばれ!!という声が聞こえてきそうです。
叔母のまさを演じる杉村春子という女優は、"無自覚に"憎たらしい役をやらせたら、本当に右に出る人はいないなと毎度思うのですが、今作においてはこのおばさまが、お見合いの仲人です。(嫌な予感)
自分の意思に反して進む見合い話に心底傷心してしまい、自由意志を放棄し、半ば無理やりお見合いの了承をした紀子に対して
「よかった!私とっても安心しちゃった!じゃあ、すぐに先方にお返事しておくから!」
とウキウキきびすを返す姿には、毎度なかなかの破壊力があります。
実際にこういう相談役がいたんだろうなと、思わざるを得ない説得力。名演であることは確かです。
現代からお見合いを断罪するのに、キーワードになるのはやはり”自由意志”なのではないのかなと思います。
お見合いは”自由意志”が希薄だから、マズイ。
現代的じゃない。
てか、今は村で生きる時代じゃないし。
とかまあマズさの正体はいくらでも言語化できるのだけど、まあでもそれは冷静に分析すれば時代としてしょうがないことなのかもしれません。うんうん。しょうがない。しょうがないよ。だって昭和初期にTinderないんだもん。おろかテレビすらないもん。しょうがない??んーー。しょうがない!??!!
また「村という和を持って生きる」、「紹介やご縁というものに沿って生きる」、というのが、日本古来の価値観で、戦後、日本の価値観が欧米にウォッシングされたからお見合いが絶滅したのだと いう、非常に様々な方面から火の矢が飛んできそうなまとめ方もしても僕は無事ですか?
実際小津安二郎も、日本を代表する、"日本の"映画監督であることは間違いないのです。
『東京物語』が、なぜ英国映画協会のベスト10やら、死ぬまでに観たい映画100選に軒並み名を連ねているか。
コメントを拝見すると「美しい映画」 「小津の完璧な構成力」などと語られていて、総じるとそれは、その絶妙な後味を、アメリカ映画やフランス映画のフォーマットでは「なんか出せない」ということなわけです。
実際、小津監督の手法として、日本家屋を最も美しく撮れるのが結果的にローアングルであっただけで、欧米の家屋をローアングルで撮っても、ちぐはぐになってしまうのは明らかですよね。
だから小津監督が「お見合い」をテーマに映画を撮ることには、日本人性を強く持つ監督として必然といえます。
僕らは『晩春』を通して、「日本人における自由意志とは何なのか」ということをスクリーンの上で問われているわけです。
はっきり言うてしまいますが、時代背景がどうであれ、自由意志が抑圧させるプロセスっていうのは、美徳にしちゃあかんだろと僕は思ってしまうわけです。
とはいえね。僕もね。物語終盤、
「やっぱりお嫁に行きたくない。今お父さんと過ごしていてる、この時間よりも幸せってこと、結婚した先にあると思えないわ。」
と漏らす原節子に対して。
父が、
「それは違うよ。確かに結婚してすぐ幸せになれるわけじゃない。それはむしろ間違っとる。私もお母さんにも色々迷 惑かけたけども。幸せというのは、二人で作っていくものなんだよ。作っていけるさ。」
って返すのを観ると、正直涙ちょちょぎれてしまうわけですよ。ここが複雑なんですよ。わかります?
やっぱり僕も日本人の端くれですし、日本人でもなくともそういう考え方、幸せのあり方っていうのは国を超えて一つの幸せの定義になり得るものです。胸にきます。
でもね、それに対して紀子が
「すみません。生意気言っちゃって。私が間違ってました。」
って言っているのを見ると、おいおいそれはちょっと待ってよ!間違ってはねえよ!紀子さっきまであんなに泣きそうだったじゃん!それはいくら何でも奥ゆかしすぎるよ!そうやって、この構造が再生産されていくよ!と思って、ちょっと悲しくなるわけです。
日本の近代史における、アクチュアルでありながら、悲しい歴史が小津安二郎の『晩春』には刻銘に記されています。
僕は『東京物語』もそのような文脈で解釈しています。
大阪から東京に遊びにきた両親を図ってか図らずか厄介者扱いする子供達。
ただ戦死した息子の未亡人である紀子[^1]だけが、両親に親身な計らいを尽くすのですよね。
ですが、これもまた小津の演出の妙で、極端にまで徹底された紀子の献身性を見ていると、それが次第にすごく不安なものに見えてくるのです。
この愛情の形はとても美しく見える。でも、紀子が独り黙って背負っているもの重さとは?と言う考えがちらっと頭をよぎるわけです。
では結果として小津安二郎は、自分が手掛けている映画の中で、この表裏一体の日本人性を批判的に描いているのでしょうか?
それとも肯定的に描いているのでしょうか?

『晩春』は、紀子の嫁入りを見送って帰宅した父が、独り、林檎の皮を剥き、静かにうな垂れるシーンで幕を閉じます。
このシーンがなれれば、「紀子のめでたき嫁入り物語」であるわけですが、小津は最後をこれで閉めている。
この時の父の感情って何でしょう。
憎いですね。小津じい。全てを語りません。
嫁にやったことを後悔しているのか。
紀子にかけた何かの言葉を後悔しているのか。
それとも、このお見合いという構造自体に何か今更、理不尽さを覚えたのか。
様々な捉え方があります。
ただ僕は、小津安二郎という監督は、日本人性の美しさを描くという主題を全うしつつも、同時にそのその影も映し出すことで、日本人性への批判を込め、次の時代へバトンを渡していたのでないのかと思ってやまないのです。
だから小津安二郎も
「Tinder?何ですかこの軟派なものは。」
と言って切り捨てることはしないんじゃないかなと僕は思います。
「意外に面白いですね。新しい時代のものですね。」
なんて言って、小津安二郎がスワイプしている姿を想像してみてください。
自分で笑ってしまいましたが、あながち間違っていない気がしています。
[^1]: 『晩春』の紀子と、同名同演だが作品として独立している。小津安二郎が撮り、原節子が演じる、俗に 言う紀子三部作(『晩春(1949)』 『麦秋(1951)』 『東京物語(1953)』)。紀子三部作を代表例とし、小津監督は『晩春』以降、ブルジョワ家庭を舞台に、父娘または母娘の関係や娘の結婚を繰り返し描き、遺作まで同じようなテーマとプロットを採用した。