僕はマクドナルド 資本主義最果て店で街を行き交う人を見ながらハンバーガーを食べている。
物心ついたときから、ずっと好きだと思えるものが人生にそう何個もあるだろうか。
何気ないものでもそう思えるものが一つあるだけで人は幸せだと思う。
いささか子供じみている気もするが、マクドナルドが僕にとってそのような存在であることは事実で、疑いの余地はない。
物心ついたときから家にいたサモエドが心の親友になるように、僕にとってマクドナルドは気づいたら側にいて、遠からず近からず僕の人生に寄り添っている。
つまり、この感情に社会的な意味はなく、ただ自然なものとしてそこにある。
人生のどの瞬間を振り返ってもマクドナルドがいる。
これもまた事実だ。
僕は大切なことをすぐ忘れるが、いつ誰とどこのマックになんのために行ったかということは意外にも思い出せる。
僕の記憶が正しければ、コーラを初めて飲んだのも母がセットドリンクを一口分けてくれた時だったように思う。
その時の口の弾ける痛みというのを今でも鮮明に思い出せるような気がする。
ここで全く関係がないようで、とても関係がある、日本の首都、東京の街角の話をしよう。